FC2ブログ

「彷徨う人」
朱夏

第七十一夜

 ←参考書籍一覧(2016年3月18日 追記) →復帰しました∠( ゚ω゚)/
「フレデリック……」
「よう。久し振りだな」
 立て続けの唐突で意外な再会に、ジュリアンは混乱した。
 片眼鏡の元家庭教師は二人の間でおろおろしながら突っ立っている。いきなり現れた男への驚きと、華やかな席の裏で自分が何をしでかしたかに気づいた罰の悪さが入り混じった顔で、口をぱくぱくさせている。
「な、なんだね君は」
「何が“なんだね君は”だ。そんな偉そうなこと言える立場か、あんた」
「え、え? ななな何を」
「さっさと行け。俺に殴られたくなかったらな」
 見上げるほどの長身に凄まれ、片眼鏡の男は奇妙な声を発して飛び上がった。一目散に出入り口を目指し、脱兎のごとく退室していった。
 後にはフレデリックとジュリアンが残される。
「本当に、久し振りだな。元気だったか、何て聞くのはさすがに変か。君の前に立つといつもこうだ」
「どうしてここに……」
 その先がまったく出て来なかった。事態に頭がついていかないらしい。醜態をフレデリックに見られたことはすぐに理解できた。見れば、いつも整っていた彼の髪は乱れ、襟元もだらしなく開いている。
 未だに言葉を失いながらもジュリアンは彼の顔を見詰めていた。唇とその周辺に点々と散る赤い花は、紅の跡だろう。やはり先ほどの睦言はこの男だったようだ。相手の女はさっさと退場したのか姿が見当たらなかった。
「どうしてって、招待されたんだよ一応。ダーラム侯爵の舞踏会にね。さて、再会を祝して一杯いきたいところだが、君はもう部屋に帰るのが良さそうだ。送るよ」
「一人で帰れる。それよりも、さっきのご婦人を追わなくていいのか。私に構っている場合じゃないだろう」
 ジュリアンの言葉に、フレデリックは明らかな狼狽を見せた。顔を赤らめ、何故それを、などとしどろもどろでぶつぶつ言っている。頬に散った紅をジュリアンが指差すと、フレデリックの顔はますます赤くなった。
「お、おう、これか。これはだな」
「襟にもついてる。髪や服もひどいぞ」
 ジュリアンの追い討ちに、フレデリックはせわしない様子で髪や衣服を直し始めた。口元も必死に拭っている。あまりの慌て振りにさすがにおかしくなり、ジュリアンは軽く噴き出した。
「な、なんだ。笑うなよ」
 どこかひょうひょうとして、世慣れた男だと思っていた。それなのに乱れた姿を指摘され、ここまでうろたえている。
 もう二度と会うことはないと思っていたのにこんな形で邂逅するとは。いつかと同じだ。この男の妙な隙を見て、こうして笑ったことがあった。限界に近かった精神状態が、ほんの僅かではあったが救われた気がした。洗練された佇まいながら、飾らない言動が心を解してくれるのかもしれない。
「あなたの前ではいつも醜態を晒している気がするよ。そしていつも助けられている。ありがとう」
「照れるな」
 困った顔でフレデリックが頭を掻く。その様子に、ジュリアンは再び噴き出してついに笑い声を上げた。
 フレデリックは、何だよ笑うなよ、と言ってまた顔を赤くし、それから急に真顔になってぽつんと呟いた。
「さっき、初めて俺の名前を呼んでくれたな」
 ジュリアンが答えようとしたとき、誰かが休憩の間に入って来た。背中を向けていたが、それが誰の足音なのかジュリアンにはすぐ分かった。フレデリックの眼は疾うに彼の姿を捉えているはずだ。そして今、二人は視線を絡ませて対峙している。
「そちらの方は?」
 アルフレッドの短い問いと口調には明らかな棘が混じっていた。
関連記事


総もくじ 3kaku_s_L.png 彷徨う人
総もくじ  3kaku_s_L.png 彷徨う人
もくじ  3kaku_s_L.png ご案内
もくじ  3kaku_s_L.png 100の質問
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【参考書籍一覧(2016年3月18日 追記)】へ
  • 【復帰しました∠( ゚ω゚)/】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【参考書籍一覧(2016年3月18日 追記)】へ
  • 【復帰しました∠( ゚ω゚)/】へ